第2部ミルザムの章 第1話

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宇宙世紀0082 7月

グラナダ内のとある学園寮の一室で、

ミルザム・エル・ファシルは寝苦しい夜を過ごしていた…。

 

ここ3ヶ月、どうも気分がすぐれない。

いや、体調は悪くなくむしろ体は軽い感じがする。

14歳の成長期だからも知れないが、むしろ体調はいい。

ただ、変に頭痛がして寝付けない、眠るとよく夢をみる。

目を覚ますと、どんな夢だったかは覚えていない。

間違い無いことは、良くない夢であると言うことと、たいていその後に、

8つ上の姉、シムーンのことを思い出す。

 

どうしているのだろうか?

半年ほど前のメールで前線から後方に回されたので、

「これで、人殺しをしなくて済む」

と喜んでいたのに、もうずいぶん、連絡が無い…。

 

一年戦争で両親を失ってから、姉の手で育ててもらった。

ミルザムは8つ上の姉を実の母親のように慕っていた。

戦争で親を失った言うことを十分理解できる年だっただけに姉の苦労も

良く理解できたのだろう。

文句の一つも言わず、姉の言うことにも従った。

むしろ、考え込みがちな姉を励ますかのように明るく振る舞うのであった。

 

「考えても仕方が無い…。仕送りは毎月来るし、きっと忙しいのだろう。」

 

ところが、その仕送りがその翌月から途絶えてしまった。

姉は軍人なだけにメールを送るにもセキュリティーの問題により確実に届

くとは限らない。

こちらからすればつまらないような内容でも、送り返してくることもある。

姉からのメールはいつも複雑な経路をたどってきていることが良く良く判る

転送メールだった。

 

金の催促をするのにはきが引けるが、姉のことが心配でもある。

「連絡を取ってみよう。」

だが、1週間を過ぎても連絡は無かった。

心配で、いても立ってもいられなくなったある日、学校から、呼び出しが

あった。

 

呼び出された、面談室に行くと見慣れない男が担任と向かい合って座って

いた。

 

「君がミルザム・エル・ファシル君だね?」

男は笑顔を浮かべながら立ち上がった。

「私は連邦のラグナン少尉と言う者だが、君のお姉さんに君の様子を見て

来て欲しいと頼まれたんだ…。」

男はやや作り笑いっぽい笑顔でそう言った。

背はやや長身で体つきはがっしりしている。薄い金色の髪と黒い瞳がアン

マッチは気がしないでもない。

(この頃は混ざりまくってそんな事無いのかもしれないが…)

「先生にお話を伺ったら、随分と成績も優秀なそうじゃないか、

どうだね、将来は軍人にでもならんかね?」

どう返事しようかと迷っていた所に矢継ぎ早にまた彼の口が開いた。

「私も通り掛かりに寄っただけなのでまだ仕事が残っている。

放課後にまたここに来るので、その時にゆっくり話でも聞かせてくれ、

では。」

そう言うと、かれは先生に軽く会釈して部屋を出ていった。

 

ラグナンが去ってから1時間もしないうちにまた、先生から呼び出しが

あった。

ミルザムが部屋に入ると、先ほどとは打って変わって沈痛な空気が部屋を

満たしていた。

 

「先ほど軍から連絡があって、君のお姉さんが亡くなられたそうだ…。

何でも、訓練の途中事故に巻き込まれて行方不明になったらしい…。

軍も捜索したらしいが、ついに見つからず捜索を打ち切ったそうだ…。

そういう訳だから、君の今後の事も考えて他の親族の方に連絡を取りた

いのだが…。」

姉以外の肉親はおろか親戚すらいない事を先生に伝え、何がなんだか解ら

ない内に部屋に帰されてしまった…。

 

部屋に帰ってみても、何をしていいのか皆目解らなかった。

ただ呆然と立ちすくんでいる所に部屋のチャイムが鳴った。

ドアを開けるとそこには先ほど会ったラグナンという男がいた。

明らかにさっきとは違う表情である。

「仕事が片付いたので学校に行ってみるとシムーンさんが亡くなられたので

帰ったというじゃないか…。」

ミルザムは無言で頷いた。

「そんな話を本当に信じるのかい?」

ラグナンという男はやや真剣な表情でミルザムに問い掛けた。

「お姉さんはおそらく生きている。

なぜなら彼女はあのウォンっていうヤツにとっては利用価値があるから

な…。

お姉さんは軍から、というよりあそこから抜けたがっていた。

実は私はお姉さんが軍から抜ける時に君に害が及ばぬように助け出す様

にお姉さんから頼まれて来たんだ。」

ミルザムにとってこれほど情報が一度に押し寄せてきた事は今まで無かった

だろう…。

半ば呆然としている所にラグナンは再度話し掛けてきた。

「死んだといったり、生きているといったりかなり混乱している事だろう。

まぁ、無理も無い…。

信じられるようになったらここに連絡してくれ…。悪い様にはしない、

私もお姉さんと同じ所に大事な人が捕らえられている、君のお姉さんと

一緒に助け出したいと思っているんだ。」

ラグナンは電話番号を書いたメモを渡した。

「それともう一つ、ここにウォンってヤツかイリアってヤツが来るかも知

れない、その時は十分注意するんだ。そして出来るだけ急いで私の所に

連絡して欲しい、すぐ飛んでくるから…。」

そう言ってラグナンは去っていった…。

 

またもや訳が分からなくなってきた…。

今の状態を整理する為に机に向かった所で再びチャイムが鳴った。

「誰だろう…。」

ミルザムは覗き窓から次の来訪者の姿を覗いた。

覗き窓のレンズが広角な為良くは判らないが、細身で長身な男が立っていた。

始めて見る顔だった。 細く長い目とやや吊り上った口に威圧感を覚える。

「誰ですか?」

インターホンごしに聞いてみる。

「君が、ミルザムくんだね?お姉さんの事で、話があるのだが・・・。」

かなり一方的な言葉が返ってきた。どうも、こちらの都合を考えるタイプ

の人間では無いらしい。

「あのぉ〜、僕あなたの事知らないんですが?」

「これはすまない、シムーンの同僚だった、ウォン・ガブリエルだ。」

なんと、先程の男が言っていた「ウォン」が早くも現れたのであった…。



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